ガラガラポン日記

複雑になってしまった問題を、一度ゼロにして、考え直してみる。

「箱根駅伝」を批判的に見てみると・・・。

1月になると、様々な「駅伝」のテレビ中継が流れてくる。その筆頭は、「箱根駅伝」かな。

 

女子の京都での「駅伝」は、雪で真っ白になって大変そうだった。男子の「駅伝」は、広島だったが、それでも時折、雪や雨が降っていた。

 

これら「駅伝」のテレビ中継を見ていて、ふと思ったのが「途中棄権」ということだった。特に「箱根駅伝」は、距離も長く気候の変化も大きい。そして何よりも伝統と仲間の絆を求めるプレッシャーは、相当なものがあるようだ。

 

箱根駅伝」の「途中棄権」の詳細については、「東京箱根間往復大学駅伝競走 - Wikipedia」「途中棄権」の項目が詳しい。

 

先日の箱根駅伝でも、青山学院の選手の一人がフラフラになりながらも走りきって襷をつないだ。それはそれで「頑張った!」と評価されるのだろうなあ。でも、ちょっと疑問が湧いてきた。かなりひどい状況でないと途中棄権は、しずらいのではないか?周りの様々な圧力があって、そう簡単には辞められないのだろうなあ。何か日本社会の現実を見せられたような気がした。

 

この「箱根駅伝」について、今まで考えたこともなかったが、この途中棄権をきっかけに、批判的な意見を捜してみたら、いくつかありました。

 

 

makelele.jp

 

1、箱根駅伝を重視するあまり、マラソンと中距離で世界的に活躍する選手が育たない。

2、箱根駅伝が大学の宣伝に見えてしまう。

3、視聴率を上げるための「お涙ちょうだい演出」が好きじゃない。

 ですか。

 

fantasy-dig.net

 

為末大(@daijapan)のツイートより。

日本の長距離と世界の差が開けば開くほど、駅伝に海外の選手を入れると

興ざめするぐらい差がついてしまい、競争を盛り上げるために鎖国せざる

を得なくなる。それでも駅伝の人気が続くことに賭けるというのならわか

るけれど、あまり成功すると思えない。

2015年3月2日 23:26

 

ナルホドですねえ?

 

今までの「箱根駅伝」の見方が変わってしまう。

 

 

 

読書メモ『「べてるの家」から吹く風』『安心して絶望できる人生』

『「べてるの家」から吹く風』(向谷地生良 いのちのことば社 2006年)を読んだ。

(「べてるの家」は、ブログ「古本屋の殴り書き」で初めて知った。)

 

    実例をそのまま書いているのだろうが、その表現がユニークで、思わず笑ってしまった。だけど、現実は大変なんだろうなあと、何か涙ぐみそうになってしまった。「べてるの家」があって本当によかったなあ。

 

何しろ表現がユニークだ。

出動!  爆発救援隊

隊長、爆発!

爆発三兄弟

当事者研究

幻聴さん

幻聴さんレスキュー隊

人間アレルギー

逃亡失踪症

べてるウイルス感染症

幻覚&妄想大会

ぱぴぷぺぽだったで賞

etc.

 

そして、もう一冊の本『安心して絶望できる人生』(向谷地生良浦河べてるの家   生活人新書 2006年)で、最も印象に残った文章がこれです。

 

べてるには、何人もあきらめの達人がいます。その一人が清水里香さんです。彼女は、あきらめることに関して、このように書いています。

 

「『だめなままの自分を受け入れよう』ということにこだわることもやめ『あきらめるしかない』と思い、今まで自分が必死にしがみついていた手綱を手放したとき、手放したことで自分にマイナスになるものが何一つないことがわかかったのである。

 

〝あきらめる〟というと、すごく大切なものをいろいろと捨てるような感じがする。苦しんでいる時は、『だめな自分のままでいいんだ』ということを受け入れられない自分に、無性に腹が立っていた。しかし、『だめなままの自分を受け入れられない』ので、悪戦苦闘の結果として、『悩むことをすべて放棄する』ことにしたのである。そういう遠回りをして、やっと『ダメな自分のままでいいというのは、こういうことか!』とわかるようになった。

 

あきらめることーーーーそれをべてるでは、生き方の高等技術としてとても大切にしている。いまでは、現実に起きていることを明らかにしてそれをすべて受け入れることなのだと思っている。あきらめることは、はじめの一歩に立つことである。そのことを、話したり講演に行ったり、実際に生きている人たちの姿を見ているうちに実感できるようになった」(『べてるの家の「当事者研究」』医学書院より)

(p48〜49)

 

これは、正直十分にわからない部分もあるのだが、何か大切なメッセージが込められているように感じた。仏教には、「四諦」という言葉がある。どこか共通するものがあるようにも思われる。

 

精神の病は、いつ、誰が発症しても不思議ではない、と思う。私も片足を突っ込んでいるのかもしれない。だからこそ、これらの本に共鳴できるのかもしれない。また、親戚に「爆発系」の子がいる。爆発すると、7〜8時間、家族は心休まるときがない。実に大変だ。

 

べてるの家」に関して、武田鉄矢がラジオ番組で取り上げていた。一時間六分という長いものであるが、分かりやすくて参考になる。 この放送のベースになっているのは、斎藤道雄さんの書かれた『治りませんようにーべてるの家』という本である。

 


「べてるの家」 今朝の三枚おろし 2011.08

 

 このダイジェスト(文章のみ)はこちらです。

『武田鉄矢「今朝の三枚おろし」からオススメ本とためになる話

 

「べてるの家」から吹く風

「べてるの家」から吹く風

 

 

 

安心して絶望できる人生 (生活人新書)

安心して絶望できる人生 (生活人新書)

 

 

 

治りませんように――べてるの家のいま

治りませんように――べてるの家のいま

 

 

 

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 近所にも、このような赤い実が一杯実っていた。

読書メモ『体温免疫力』

Dr 安保徹(あぼ とおる)の『体温免疫力』という本を図書館から借りてきた。

 

西洋医学中心の医療から少し横道にそれているように思われるが、そこはそれなりに有用な部分もありそうである。

 

まえがきには、

東洋医学の「冷え」という概念を、西洋医学の手法で解き明かしてみました。私は、この研究を「体温免疫学」と名づけ、体温から自分の体温を管理する力を「体温免疫力」と読んでいます。(p2) 

 

 この本を読んでいくつか「ナルホドですねえ」と思った部分がありましたので、以下に引用してみます。

 

けいれんは血流回復のための防御反応

高熱が出ると、ひきつけやけいれんを起こすことがよくあります。これも発熱と同じように、体が自分の力で治そうとしている証拠と考えて間違いありません。

ひきつけが起こるのは、発熱のために脳が酸素不足になっていることが原因だと前述しました。このまま酸素不足がつづけば脳細胞が壊れてしまうので、体はなんとかこの危機から逃れようとします。

脳が酸素不足なのですから、体は血液循環をよくして、脳に必要なだけの酸素を送ることで、問題を解決しようとします。それが、ふるえるという症状に現われてきます。体を小刻みに動かすことで、血液の流れをよくしようとしているのです。

日常の生活でも、ふるえることがあります。好例が、急に寒い場所に出たとき体がブルブルッとふるえることでしょう。また、人前に出たり怖い思いをしたときなど、ひどく緊張した場面でも、手や足がふるえます。これも、交換神経が血管を収縮させて血流が悪くなるので、できるだけ血液循環をよくして体温が下がるのを防ごうとする、自然の防御反応なのです。(p80〜81)

 ナルホドですねえ。子どもや高齢者の「ひきつけ」や「ふるえ」を見ているとどうしたら良いのかわからなかったが、血液循環をよくしようとするためだったのか。これからは、落ち着いて対応できそうだなあ。

 

増殖のコントロールがきかなくなった細胞、つまりがん細胞は、なんと毎日3〜4、000個も、体内で生まれているといわれています。それなのに、なぜ発がんにまで至らないのでしょう。

いつも自分の体をパトロールしている免疫系の細胞が異物と判断して攻撃指令を出すので、たいていは排除されてしまうのです。私たちの体は、外から入ってきた細菌やウイルスなどの異物だけではなく、自分の体のなかにできた異物もきちんと処分しているわけです。(p109)

 これは驚きですねえ。いつ「がん」が発症してもおかしくない。微妙なバランスで健康が保たれているのか。

 

がんばりすぎをやめる

健康維持や病気治療のために、体温を上げて免疫力をつけるには、入浴や食事、運動など、いろいろな方法があります。しかしどの方法よりも大事なのが、ストレスから解放されることです。(中略)

 

仕事も大切でしょうが、あまりがんばりすぎて、病気になってしまうのでは、家族の生活のために働いている意味がありません。がんばり屋の人は、自分がいないと仕事が進まないからと、風邪をひいても疲労困憊していても、がむしゃらに働いてしまいます。(中略)

 

この本を読んだのをきっかけに、「自分がいなくても地球は回る」と、おおらかに考えて、疲れたと思ったら休むようにして、ストレスから解放されましょう。(p196〜198)

これは仕事以外でも当てはまりますねえ。「自分がいなくても地球は回る」か。

 

ここでなぜかおたる水族館のペンギンショーを連想してしまった。人の指示通りに動くペンギンをイメージしていると、思いっきりあてが外れてしまう。なかなかユニークなペンギンショーなのだ。思わず笑ってしまう(^_^)


おたる水族館 ペンギンショー- full version-

 

体温免疫力―安保徹の新理論!

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「生きるものの歌」いいね?

今日は、朝6時30分頃起きた。珍しく早起きだ。

 

何となくラジオを聞いていたら、永六輔さんが話題になっていて、「生きるものの歌」というのがあるのを知った。

 

どんな歌なんだろう?早速YouTubeで検索してみた。いろいろな人が歌っているが、さだまさしの歌がいいなあ。↓(最初のCMが余計だが・・・) 

 


「生きるものの歌」(MV)/さだまさし

 

あらためて歌詞だけを検索してみた。

「生きるものの歌」の歌詞』から転載させていただく。

                          作詞   永六輔

あなたがこの世に生まれ

あなたがこの世を去る

わたしがこの世に生まれ

わたしがこの世を去る

その時愛はあるか

その時夢はあるか

そこに幸せな別れはあるだろうか

あるだろうか

 

(台詞)

もし世界が平和に満ちていても 

悲しみは襲ってくる 

殺されなくても人は死に 

誰もがいつか別れてゆく 

世界が平和でも悲しい夜はくる

誰もが耐えて生きてゆく 

思い出と友達と歌が

あなたを支えてゆくだろう 

 

あなたがこの世に生まれ 

あなたがこの世を去る

わたしがこの世に生まれ

わたしがこの世を去る 

その時未来はある 

その時涙がある

そこに生きるものの歌がある

歌がある 

そこに生きるものの歌がある 

歌がある

 

動画のコメントに、「 自分のお葬式で流してほしいと思いました。」というのがありました。私も同感です。読経・唱題は不要なので、この曲だけを流してほしい。

 

 

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新春 三題 (「満月の夕」他)

 年末年始は穏やかな天気です。除雪もほとんど必要ありません。暇だ〜o(^o^)o

という訳で、ネットでいろいろ検索中。

今日は、短い記事で三題まとめて書いてみました。m(__)m

 

1、新年と共に歳を重ねよう。

戦後、滿年齢の普及と共に個別の誕生日を祝う風習が広がっている。しかし、そんな面倒なことは辞めて、昔のように正月を迎えると同時に歳を一つ重ねることにしたらどうだろうか。個々の誕生日を気にする必要もないし、正月料理でお祝いすれば一石二鳥ではないだろうか。

 

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2、歌:「満月の夕(ゆうべ)」

この歌は、阪神・淡路大震災をきっかけにして作られ、広く歌われているものだ、ということを初めて知った。(遅ればせながら。)


満月の夕(07)

知るきっかけとなったブログ↓

karakara.office-segawa.net

個人的には、この歌を聞いてもなぜ多くの人の共感を得ているのかよく分からない。やはり、実際に被害に会われた方でないとこの歌のすごさは実感できないのかもしれないナアと思う。

 

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 3、耳掃除に気をつけよう❗

ツイッターで気になる記事を見つけた。

ちょうど綿棒で耳掃除しようかな?と思っていたところだったのでビックリ。

本当かな?と一応疑ってみた。ネットで耳掃除に関して検索してみた。

参考記事:

natural-friends.jp

www.huffingtonpost.jp

www.gohongi-beauty.jp

ギョエッツ。本当らしい。綿棒は、奥深く突っ込むのはやめておいた方が良さそうだ。

 

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紅白優勝旗の金球

大晦日は、NHK紅白歌合戦を見た。

優勝は、大逆転で「紅組」の勝ちだった。ちょっとビックリ(^_^;)

 

「紅組」の司会者が、「優勝旗」を受け取っていた。そのとき、フト気がついた。優勝旗の先端部が、金色の球になっていた。え~っ!!(゜ロ゜ノ)ノ

 

たしか以前は先が尖っていたような気がするが・・・。いつも、先端の尖りが気になっていた。優勝旗を振り回したり、肩にかついで振り返るとき、他人の顔に刺さったり傷付けたりするのではないかと、一人心の中で心配していた。ところが、今回は何と「金球」じゃないですか。よかった〜(^_^)v

 

ということは、今回から?それとも数年前から?調べてみたら、2015年の紅白歌合戦の優勝旗先端も金の球だった。


紅白歌合戦 紅組勝利 良かったね!

 

  更にその前は、調べてみたがよく分からない。

 

検索中に

ameblo.jp

というブログ記事に、気になることが書かれていた。

 

また三谷さんは

優勝旗を井上真央さんに渡すとき、

先っぽで刺そうとしてはいないと

言い訳していますが、

作家という人種はウソをつくから信用できません。

どう見ても笑いを取りにいってるように見えます。

ただ誰もツッコミを入れてくれなかったので、

すべってしまったのですね。

 

なぬ!  真央さんを刺そうとしてたのか?

(言い訳としては、優勝旗が重すぎてそういう形になったらしいのだが・・・。)

 

私見だが、こんな出来事があったため、念のため、優勝旗の先端を「三角剣」から「金球」にしたのではないかと推測している。

(ホンマでっか?)

 

いずれにしても、優勝旗の先端が丸いので、安心して最後のシーンを見ることができる。ヤレヤレ(((・・;)

 

最後になりましたが、本年もよろしくお願いいたしますm(__)m

 

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大雪とシーシュポスの神話

札幌は、50年ぶりの大雪です。

 

12月22日と23日に雪が降り続き、交通機関にも大きな影響を与えています。昨日は、新千歳空港で、6000人もの人々が一夜を過ごしたと報道されてました。その前の日にも2000人位の人々が夜を過ごしているので、空港内で連泊した人もいるようです。(本当にお疲れさまですm(__)m)

 

私は、22日から3日間、除雪の毎日でした。さすがに疲れた(^_^;)

家の前に積もった雪と除雪車が残していった固い雪を、近くの空き地まで運んで捨ててくるのが私の役目です。

 

毎年同じような除雪の繰り返しです。嗚呼、雪のない国へ行きたい、マンションに引っ越ししようかなあ、と毎年同じことをつぶやいています。

 

この雪を運ぶ作業をしているとき、時々思い出すのが、ギリシャ神話の「シーシュポス」、あるいは『シーシュポスの神話』です。(どこかで聞いたか読んだような気がしてたが、カミュが小説に書いていたとは知らなかった。)

 

毎日、雪は降り続く。運んできれいにしたと思っても、すぐに雪が積もってしまう。朝起きると、深夜の除雪車の残していった固い雪の塊がゴッソリと家の前に残っている。それをまた運んできれいにして、車を出せるようにする。冬の間は、ずーっとこの繰り返し。

これぞまさしく「シーシュポスの神話」だ。

 

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シーシュポスの神話 (新潮文庫)

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