ガラガラポン日記

複雑になってしまった問題を、一度ゼロにして、考え直してみる。

いまごろ「初詣」について?

 『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』(島田裕巳著 幻冬舎新書 2013)を読んでいたら、

 初詣という慣習が成立するのは鉄道網が広がり、鉄道各社が正月の乗客を増やすために、初詣を宣伝するようになってからのことである(その点については、平山昇『鉄道が変えた社寺参詣』〈交通新聞社新書〉を参照)。(P115 太字は管理者)

 という文章に出会った。

 

 これは意外でしたね。昔から行われていた、お正月初めの国民的行事というイメージがありましたから。

 

 ちなみにWikipedia初詣」には、

 江戸時代までは元日の恵方詣りのほか、正月月末にかけて信仰対象の初縁日(初卯・初巳・初大師など)に参詣することも盛んであった。研究者の平山昇は、恵方・縁日にこだわらない新しい正月参詣の形である「初詣」が、鉄道の発展と関わりながら明治時代中期に成立したとしている。

 

 関東では、明治5年(1872年)の東海道線開通により、従来から信仰のあった川崎大師などへのアクセスが容易になった。それまでの東京(江戸)市民の正月参詣は市内に限られていたが、郊外の有名社寺が正月の恵方詣りの対象とみなされるようになった。また、郊外への正月参詣は行楽も兼ねて行われた。平山によれば「初詣」という言葉は、それまでの恵方詣りとも縁日(21日の初大師)とも関係のない川崎大師への正月参詣を指すのに登場したといい、1885年(明治18年)の『万朝報』記事を管見の初出と紹介している。 

 

 実際、初詣に出かけた人は、どこにどのくらいの人数なのでしょう。

ハロくんの初詣研究ー初詣参拝者数 (2009年度)」によると、

 2009年度警察庁発表によれば、合計のべ9,939万人にも上るとも言われています。 

 (2010年度から警察庁発表がなくなったようです。)

 

第1位は、明治神宮(東京都)    およそ319万人。

第2位は、成田山新勝寺(千葉県)  およそ298万人。

第3位は、川崎大師(神奈川県)   およそ296万人。・・・。

 

また、平山氏の著書に関しては、ブログ『筆不精者の雑彙』に、

bokukoui.exblog.jp

という記事がが書かれていて、大変参考になりました。

一部引用させて戴きます。

 本書の内容をかいつまんで説明すると、第1章では、江戸時代には存在しなかった初詣がどのように成立したのか、川崎大師の例を中心に(沿線に日本最初の鉄道が開通した川崎大師が初詣の始まりだったようで、「初詣」という言葉も明治30年代までは川崎大師と関係する場合に使われていたそうです)説明します。

 第2章では、川崎大師と成田山伊勢神宮を対象として、複数の鉄道が競合する場合、競争をてことして初詣が盛んになっていたことが描かれます。国営の官鉄や国鉄も、私鉄と競争になっている場合は参詣客向けの宣伝やサービス向上に力を入れており、それは国民教化の政策とは別な理論で動いていたようです。まして私鉄においておや。

 途中の経過を省略させて戴きます。

 平山さんのご指摘にもあったように、こうしてメディアで共有された行事というのは、商業的な盛り上げとも相乗して、粘り強く続くものです。で、初詣の歴史において、本書で示されているように、初詣が信心を離れて行楽の一環として持続していること、本書には触れられていませんが明治神宮のような「近代的」形態となることで神社参詣が盛り返したこと、を考えると、実のところ「伝統」というのは一種のイベントの口実の一つで、口実の中でももっとも強固なもの、と考えるべきなのかもしれない、と思うに至りました。

 

 そこで出てくるのがメディアの存在で、本書でも初詣を中心とする正月行事の定着にメディアによる「正月」イメージの創出によるところが大きいと示唆されていますが(138頁)、イベントというものは大勢で同時に参加しているという感覚を得ることによって、より爽快感などが増すものなのでしょう。単なる個人的行事よりも社会的な行事の方が、価値が大きいように思われるのは、行事は人が「社会で」生きていく上でも必要なのだと考えれば、至極当然です。

 

 で、より多くの人が楽しめることが大事なのですから、そこで「このイベントの謂れ因縁は・・・」「このイベントの正しい作法は・・・」などと講釈を始めると、楽しみに水を差されてしまうと思う人が多くなってしまうのでしょう。本書では、初詣が流行って定着した理由には、その「曖昧さ」があったと指摘されています(129頁)が、重要な点です。

 

 実際には初詣は、社寺の由緒に頓着しない参拝で、いわば脱「宗教」化したイベントともいえるのですが、そのように中身のない「伝統」だからこそ、誰しも口実に使いやすかったのでしょう。それでいて「伝統」の装いをまとっていますから、口実とするだけの説得力があるようにも思われやすかったのでしょう。中身が曖昧なゆえに、皆が「共有」できるという幻想を抱け、イベントとしての魅力を増すことになったのでしょう。 

 

 「初詣」も「クリスマス」も「バレンタインデー」も、深くその意味を問うことなしに、いつのまにか生活行事の中に組み込まれ、「イベント」として通り過ぎていく。何とも日本的と言えば日本的なのかもしれませんね。

 

【おまけ:スズメの赤ちゃん。我が家のえさ台の上で鳴いていた。】 

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