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ガラガラポン日記

複雑になってしまった問題を、一度ゼロにして、考え直してみる。

皆婚社会のようで皆婚社会でない。

    前の記事を書くためにネット検索しているとき、「皆婚(かいこん)主義」(又は「皆婚社会」)という言葉を目にした。それは、「近代社会と結婚 3」というタイトルがついた、文教大学国際学部椎野ゼミのネット記事にあった。(以下、そこから一部引用させていただく。)

 

 「皆婚主義」とは、

すべての人が結婚して当然という考え方

「皆婚社会」とは、

結婚することが当たり前であり、当然のこととしてみんなが結婚する社会

だそうです。生涯独身という人は、少数派。

 

 この考え方は、昭和世代の人たちに多いと感じますね。でも、個人的には何か違和感を感じます。いったいいつ頃から「皆婚社会」らしくなってきたのかナア?

    こうした日本における皆婚社会の傾向は、江戸時代後期からの現象であり、農民男性の95%(農民女性の99%)が有配偶者だったそうです。(ただ江戸初期では、農民男性の5割そして女性の3割が、未婚だったようだ。)また江戸末期の幕末における「江戸」の街の有配偶率は、男性で5割そして女性で7割という数字もあり、江戸初期の農民の比率と変わりがなく、日本全体が歴史上、「皆婚社会」だったと結論づけるのは早計であり、非「皆婚社会」において「独身」を通した町人も多いのです。

 

   なるほどですねえ。

   それにしても、江戸時代後期の農民の有配偶者率の高さには驚く。都市としての「江戸」の有配偶者率が低いのは、経済的な要因や女性の割合が少なかったというようなことも影響しているのではないだろうか。

 

翻って、今の日本はどうだろうか?

生涯未婚率(50歳時の未婚率)で見てみると、

1920年から1960年までは、男女とも2%以下でした。2010年には、男性の2割そして女性の1割が生涯未婚

のようです。そう言われれば、私の知っている範囲でも、50歳未満で独身の人が、結構多いような気がします。世の中には、LGBTの人たちもいますしね。また、引きこもり状態が長期間になり、いつのまにか50歳を過ぎてしまった人もいるでしょう。

 

いろいろ考えてみると、「結婚」や「家族」というものは、時代が変わるとその内容も徐々に変化しているのではないだろうか?

 

上記に引用した同じゼミの別記事「近代社会と結婚 6」には、

落合恵美子さんの著書『21世紀家族へ』(1994[新版]1997)から引用した近代家族の特徴として、

(1)家内領域と公共領域との分離、

(2)家族構成員間の強い情緒的絆、

(3)子ども中心主義、

(4)男は公共領域、女は家内領域という性別分業、

(5)家族の集団性の強化、

(6)社交の衰退とプライバシーの成立、

(7)非親族の排除、

(8)核家族

 の8項目をあげているが、今の、そしてこれからの、人々の生き方・生活を考えると、近代の歴史が産み出した「近代家族」は、しだいにほころびが目立ってきているのではないだろうか?

 

    これからは、「家族」と「おひとりさま」との共存が可能な、多様性に満ちた、交流の豊かな社会になればいいなあ、と思うのだが・・・。

 

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21世紀家族へ―家族の戦後体制の見かた・超えかた (有斐閣選書)

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〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活

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