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ガラガラポン日記

複雑になってしまった問題を、一度ゼロにして、考え直してみる。

読書メモ『「憲法改正」の真実』

『「憲法改正」の真実』(樋口陽一小林節 集英社新書 2016年)を読んだ。日本の未来を思うと気分が落ち込んでしまった。本を読んでこんなに暗い気分になったのは久しぶりだ。

 

この本では、ふたりの憲法学者が、自民党による憲法改正草案(2012年4月公表)を分析し批判している。この草案に見られる「隠された意図」は何なのだろうか?トカゲのシッポをつかんでもすぐに逃げられてしまうから、トカゲ本体を捕まえないと「憲法改正」の真実は見えてこない。

 

実態はどうなのだろう?

小林:最近の国会の風景をご覧になっていてお気づきのように、我が国与党の国会議員の多くは、「そもそも、憲法とはなにか」という基本的な認識が欠如しています。(中略)

樋口:つまり、彼らには憲法というものの概念、コンセプトそのものに対する基本的な共通認識がない、ということですね。

小林:そうなんですよ。自民党とのつき合いは30年あまりになりますが、そのとおりだと残念ながら申し上げるしかありません。(p19〜20)

 

小林:驚くべきことは、国政を担う彼らが、近代憲法とはなにかについて、まったくと言っていいほど理解を示さない、理解できないということです。(p22) 

 これは驚きというかあきれてしまうナア。

 

「確実に国民の命を守る役割」が憲法の新しい要素=「授権規範」である、という高市議員の主張は、憲法学の知識が欠如しているがゆえの言葉の誤用です。

しかし、単なる用語の間違い、概念の混乱という以上に、この高市議員の主張が問題なのは、自民党憲法観の間違いが、ここににじみ出ているからです。この論調は、権力に対して無限に「授権」し、国民を制限するのが「新たな憲法」の役割だという方向に転化しかねない。

樋口:国家に与えられている権力は、国民の権利や自由、基本的人権を侵害しないという「制限規範」に縛られた条件つきなのです。そういう認識が彼らにはないのです。(p27〜28)

 これはもう絶望しかないですね。

 

【参考になったサイト記事】

yuruneto.com

 

小林: 彼らの共通の思いは、明治維新以降、日本がもっとも素晴らしかった時期は、国家が一丸となった、終戦までの10年ほどのあいだだった、ということなのです。(P32)

 

小林:先ほどの立憲主義は時代遅れだという安倍首相の発言は、人民に選ばれた俺たちを優先しろ、ということでしょう。民主主義で選ばれた我々を、憲法が制限するのはおかしい。立憲主義など、民主政治のもとでは価値がない、と言わんばかりですから。

樋口:そうなんです。立憲主義で民主主義を制限するのはおかしいというロジックです。(P41)

 

 ほんの一部の人たちの動きなんだろうけど、その人たちが国会に巣食っているために影響は甚大だ。国民は「なめられている」。「なめんなよ❗」の気持ちを保ち続けることが大事なのかもしれない。

 

「憲法改正」の真実 (集英社新書)
 

 

 

 

 

日本会議の研究 (扶桑社新書)

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