ガラガラポン日記

複雑になってしまった問題を、一度ゼロにして、考え直してみる。

読書メモ『やわらかな生命』

図書館本『やわらかな生命』(福岡伸一   文藝春秋   2013年)再読了。(文庫本も出ているようだ。)

一度読んだ本だった。読んだことを忘れて、また借りてきてしまった。いかに記憶力が低下しているかが分かる。トホホ(;´д`)

 

『銃・病原菌・鉄』の著者ジャレド・ダイアモンドさんに会った時のことを書かれた章があった。

世界がヨーロッパ化された理由は何か。・・・(中略)・・・彼らの勝利の理由は何だったのか。白人たちが肉体的、精神的にすぐれていたから?遺伝子的に優位だったから?・・・(中略)・・・しかしそれは違うとダイアモンドは断言する。環境条件の差がすべてを決めたのだ。白人がたどり着いたヨーロッパにはたまたま栽培のしやすい穀物の元になる植物が自生していた。・・・(中略)・・・家畜化に適した動物がいたことも有利だった。馬、牛、羊、豚。動物たちとの接触は思わぬ災厄をもたらした。病原体。しかしこれは同時にその地域の人間に新しい力を付加した。免疫である。これも異文化間の衝突に有利に働いた。

 

端的にいえば、ダイアモンドのスタンスは、発展史観ではなく、生態史観を採るということ。世界のあり方は段階的に進化するわけでもなく、因果律に支配されているわけでもない。この世界に予め決定されていることは何一つない。一方、環境さえ決まれば同じ結果が発生するということでもない。すべては偶然に満ちた動的な平衡である。それが福岡ハカセの動的平衡論なので、その点でもダイアモンドさんとの話は弾んだ。(p231〜233)(太字は管理者による)

この「因果律」という考えから抜け出すのは容易ではない。キリスト教であれば「予定説」という考えがある。初期仏教であれば「縁起」という考えがある。さまざまな考えがあるのだが、個人的には、この世界は、偶然的な関係性の上に成り立っている仮和合の世界で あり、「因果」も「予めの決定」も存在しないものと思っている。そういう意味で福岡伸一氏(福岡ハカセ)の「動的平衡」(「生命とは動的平衡にある流れである」 )という、(個人的な理解でいうと)動きがあってしかも微妙なバランスの上に成り立っている・・・という捉え方は、実に的確に、この世界の事象を表現されているなあ、と思う。

 

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やわらかな生命

やわらかな生命