ガラガラポン日記

複雑になってしまった問題を、一度ゼロにして、考え直してみる。

物語と宗教

暑いですねえ❗

私の住む北海道は、最高でも気温30度前後。でも夕方には涼しくなります。ですから、35度以上の気温や熱帯夜は想像できませんね。

 

そんな中、きょうは、久しぶりに記事を書いてみようと思いました。最近、思いを巡らせている途中ですが、物語と宗教ということを考えてみました。

 

『仏教思想のゼロポイント』という本を読んで、「宗教」と「物語」という視点、繋がりを知りました。

その後、「物語」という言葉の入ったタイトルの本を数冊読んでみて、今の段階で考えていることは、人は生きていく上で、何らかの「物語」を必要としている、ということでしょうか。その「物語」の中に生じた一つのものが「宗教」ではないだろうか?

そんなことを漠然と思っています。

 

古代インドで、目覚めた人であるブッダは、当時の大多数の人々が思い描いていた「物語」を根本から覆した。三法印(諸行無常一切皆苦諸法無我)を説いたこと、さらに、「無記」ということを示したことに象徴されると思います。(無記とは、死んだらどうなるのか?宇宙はどうなのか?という質問にたいして、「沈黙」で答えたということですね。)

三法印」と「無記」。この部分だけ考えてみても、「初期仏教」が哲学的であり、尚且つ根本からの認識変革を教えているように思います。

 

今の世の中には、様々な「物語」が溢れていると感じます。中でも「宗教」と「経済」は、自分の生活に大きく影響しています。これらに含まれる主要な「物語」を解読し、人々の意識の中からそれらの物語をはずす、あるいは「物語」としてみることが出来るだろうか?というのが私の最近のテーマの一つです。

 

「宗教」については、ブッダの説いた「三法印」が良い手がかりとなりました。この視点からみると、今の日本に見られる大乗仏教との違いが目立ちます。もちろん、他の様々宗教も検討の対象としなければならないでしょうが。

 

「経済」については、最近は「資本主義の終焉」という言葉をよく見かけます。中世の封建制度から脱却し、一路、成長拡大路線を歩んできた資本主義に陰りが見えてきたというものです。資本主義という「物語」を抜け出し、どのような新しい「物語」を作っていくか。大変興味深いテーマです。

 

 

≪個人の感想≫

 

◎  自分の思い通りにいかなかった場合、あるいはその逆で、思い通りになった場合、そこに「物語」を当てはめることによって、自分なりに納得させることができる、と言うのは、ある意味「物語」の特性のひとつかもしれない。ただ、それを他の人にも適用できるかというと必ずしもそうではないだろう。あくまで、個人の感想、として成り立つもののような気がする。

 

 

 

 

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か

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物語の役割 (ちくまプリマー新書)

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