ガラガラポン日記

複雑になってしまった問題を、一度ゼロにして、考え直してみる。

イノセンス〜自分には責任がない

イノセンス」〜テレビドラマのことを書いている訳ではありませんので念のため。

 

図書館本『人間の終焉』を読み終えた。私には内容はあまり理解出来なかったが、最後の方に大澤真幸(おおさわ まさち)氏の「解説」が載っていて、そこには大変興味深いことが書かれていた。

 

それは、本書に関連して、芹沢俊介氏のエッセイ「イノセンスが壊れる時」を紹介した部分です。

ここで、芹沢俊介の含蓄深いエッセイ「イノセンスが壊れる時」を援用してみよう。このエッセイで、芹沢は、人はいかにして責任を担いうる主体―――つまり選択の主体―――へと成熟していくのか、という問題を扱っている。

 

芹沢は、生の始発点における子どもの状態を「イノセンス」という語によって表現する。彼は、この語を、あえて、あらゆる情緒的な含みを排した上で、使用している。イノセンスとは、無罪だということ、つまり「自分には責任がない」ということである。子どもはこういう意味で―――純粋だとか無垢だといった情緒的な意味ではなく、まさに無罪であるという記述的な意味で―――イノセントである。子どもは、というよりそもそも人間はすべて、この世界に存在しているということ―――自分が生まれてきたということ―――に関して責任がないからである。さらにまた、人間は、自分がこの世界で何者かとしてあるということに関して、たとえば男性(女性)であるということ、ある名前をもつということ、この両親の子であるということ、黄色人種であること、「日本人」のようなある特定の共同体の中に生まれたということ、こういったさまざまな性質に関して、責任がない。今、ここに存在しているということ、また何ものかとしての性質をもって存在しているということ、これらは、子どもからすれば、何の理由もなく偶然に与えられた条件であり、それらに関して、彼には何らの責任はない。そして、これらの偶然的な条件に関してすべてに責任がないとすれば、そのことに因果的に規定されている後続のあらゆる行為に関して、人は責任がないということになるだろう。子どもは、そして人間は、本来的に受動的なのである。(p314〜315)

 

芹沢俊介氏に関しては、以前、『「存在論的ひきこもり」論』を読んだとき、ひきこもり側に立った視点の置き方に驚いたことがある。その芹沢氏のエッセイ「イノセンスが壊れる時」が、大澤氏によって説明されているのだが、「イノセンス」という視点が、『「存在論的ひきこもり」論』とどこか共通しているように感じた。(同じ人だから当然か。)

※ 参考記事:「読書メモ『「存在論的ひきこもり」論』」

 

イノセンス」という捉え方は、ちょっと馴染めないかもしれないが、よくよく考えてみればたしかにその通りだと思う。人によっては、生まれたことに対して、「因果応報」、「神に与えられた・・・」、「地涌の菩薩の使命を」等々、何らかの物語をかぶせて、納得させている場合もあるようだが、物語性などの「あらゆる情緒的な含み」を除いてありのままに考えたとき、「責任がない」ということが最も基本だと思う。

 

大澤氏は続けて以下のように述べている。

人は、その本来の受動性から離脱しなくては、選択の主体になりえないのだ。この「本来的な与件の書き換え」、この離脱はいかにしてなされるのか。これが芹沢の問いである。(p315)

 

 この切り替えがよく分からない。

たしかにどこかで「その本来の受動性から離脱」しなくてはならないかもしれないが、あるいはそのまま継続してしまうかもしれない。今まで多くの人々は、意識しないまま流れのままに切り替えて生きているのだろう。そうでない人たちはいつのまにか取り残されている。そういう人たちが混在しているのが現代なのかもしれない。

 

 

 

人間の終焉

人間の終焉

 

 

 

「存在論的ひきこもり」論―わたしは「私」のために引きこもる

「存在論的ひきこもり」論―わたしは「私」のために引きこもる

 

 

進歩と退歩。

前回の記事の続きです。

今の〈進歩〉の時代の前には、〈退歩〉という長い時代があったそうです。

その功罪はともかく、ヨーロッパ社会における〈進歩〉観念の出現を抑制してきたものはカトリック教会の存在でした。キリスト教の世界観は〈退歩史観〉を基調としているからです。神による世界創造の時点が絶頂期であり、それ以降、人類は堕落の一途をたどっていくというのが根底にある世界観です。(『輪廻転生』(竹倉史人 講談社) p125)

 キリスト教最大の会派が、カトリック教会のようです。

〈退歩史観〉というのは、あまり馴染みがありません。どのようなものなのでしょう。

 

世界が退歩していくという観念はイメージしにくいかもしれませんが、じつはこれは非常にシンプルな感覚に基づいています。物に対する感覚と同じだからです。買ったばかりの時にはピカピカだった新品も、時がたてばボロボロになります。つまり物は作られたときが最も完全に近く時とともに劣化し、最後には瓦壊します。もし人びとが、世界や人間も被造物であると考えるならば、それが物と同様、磨耗したり自壊しながら終末に向かっていると考えることはむしろ自然なことです。(p125〜126)

 

これは、多分にキリスト教的な発想かな?と思ってしまいます。たしかに人間の身体は加齢とともに劣化します。この退歩史観の考え方の前提として「被造物であると考えるならば」とあります。神の創りたもうたものであるならば・・・ということでしょうか。

仏教の一部には、「末法思想」というのがあります。単純に比較はできないでしょうが・・・。

 

進歩史観〉は、人間を神から解き放つ、という意味で一定の役割を果たしたことは評価されて良いと思います。

 

著者である竹倉氏は、次のように述べています。

世界や人類が劣化しない、それどころかよりよきものになるという考えが広まるということは、裏を返せば、世界の被造物性に対する感覚が減衰しているということでもあります。ともあれ人類史という大きな視点からみれば、進歩史観がいかに不自然かつ特殊なものであるかがわかります。どれだけ「普遍」や「真理」を僭称しようともそれはひとつの視点であり、解釈であり、仮構(イデオロギー)にすぎません。(p126)

 

私としては、〈進歩史観〉について、評価できる部分もあれば、そうでない部分もあると思っていますが、だからといって〈退歩史観〉かというと、これもちょっと・・・。「被造物」として考える、ということが理解できないので、違和感を感じます。

 

キリスト教に馴染みが薄い日本の場合、ヨーロッパ的な〈退歩史観〉の時代があったとは思いませんが、明治時代以降、西欧文明を取り入れると同時に、積極的に〈進歩史観〉に染まってしまったように思います。1945年の軍事的大敗を乗り越えて、今度は経済の面で成長路線をまっしぐらに進んできた歴史があります。しかし、その〈進歩史観〉も次第に揺らいでいるように感じます。

 

日本において、〈退歩史観〉が受け入れられるかどうかは分かりませんが、〈進歩史観〉も選択肢の一つにしか過ぎないのだということが、次第に受け入れられていってほしいと思います。

 

 

 

 

 

輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語 (講談社現代新書)
 

 

 

成長!成長!また成長!

昨年、NHKの「欲望の経済史」というシリーズものの番組を見ていて、成長!成長!また成長!というひとつの時代が終わりを告げようとしているのではないかと感じた。日本で言えば、戦後の高度経済成長を柱とした世の中のしくみが、様々な面でひび割れを起こしているように思われる。何より自分自身が、今まで疑うことのなかった様々なことについて疑問を持ち始めたのだが、その根本的なところは、このような成長、進歩、成熟というような考え方に対してだと感じている。

 

そんななか、たまたま図書館で『輪廻転生』(竹倉史人  講談社  2015年 )という本を借りてきて読んでいたところ、「進歩史観」、「退歩史観」についての記述が目についた。西欧の心霊主義等についての説明のなかで出てきたものである。今の資本主義の萌芽が、西欧の17〜19世紀にあったということが書いてあった。この輪廻転生についての本のなかで、成長主義的な生き方を問い直すきっかけが見つかるとは予想だにしなかったことで大変驚いている。

 

現代の高度資本主義社会を生きる多くの人にとって、〈進歩〉の観念はじつに馴染み深いものとなっています。しかし、このような考え方が広がり始めたのは、せいぜい200年前のことにすぎません。

それ以前は――――現代人にはなかなか想像しがたいですが――――むしろ人類は退歩していると考えるほうがはるかに自然なことだったのです。

 

〈進歩〉の観念は人類史に忽然と登場したわけではありません。それが現在のようなリアリティを獲得するためには、長いプロセスをへて、旧世界を支配していた強固なパラダイム(=退歩史観)を打ち破る必要がありました。進歩の観念が強固なものとなったのは近代以降の工業化社会においてですがここに到達するまでには、17世紀以降の科学革命と啓蒙主義の普及、そして19世紀の産業革命と、いくつかの歴史的転換点を通過する必要があったのです。(p123〜124)

 

えっ「退歩」?  一瞬、戸惑いの思いが頭をよぎりましたが、読み進めていくとキリスト教の影響があるようです。

 

長くなりそうなので、この辺で一回目を終了させていただきます。

 

 

 

輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語 (講談社現代新書)
 

 

ウンチの語源

2017年は、『うんこ漢字ドリル』が話題になったようだ。小さい子の間では、「ウンチ」、「ウンコ」という言葉が大変人気があるらしい(笑)。

 

私としては、「ウンチ」と「ウンコ」をどのように使い分けたら良いのかが疑問だった。

使いやすいのは、「ウンコ」かな?

 

たまたま図書館から『ウンコ ミュニケーションBOOK』を借りてきて読んでいると、「ウンチの語源」というコラムがあり、ウンチに関連する言葉について書かれてました。以下に引用させていただきます。

ウンチの語源

🌑  ババ(ベベ)

        太古以来、日本や太平洋諸島では「ババ」「ベベ」とか呼んできた。これは、少し柔らかめのウンチを排泄するときの音から来ているとされる。

🌑  クソ

       チベット語であるという説があるが、はっきりしていない。数千年前には日本に入ってきた言葉とされている。

🌑   糞(フン)

        ウンチをするときに「ふんっ」息む呼吸音からきているとされる。

汚ないという意味で使う「ばばっちい」は、「ババ」と関係あるのかなあ?

 

さて、次からいよいよウンチとウンコが登場します。

🌑   ウンチ

        仏教で陰陽を表す「阿吽(あうん)」という言葉がある。中国仏教では大小便を「吽(うん)」と呼び、肥溜めを「吽置(うんち)」と呼んだ。これらが奈良時代の日本に伝えられ、上流階級が使う言葉として定着した。

🌑   ウンコ

        中国文化が入ってくる以前の日本や太平洋諸島には、小さなモノを「〜こ(子)」と呼ぶ習慣があった。これが中国から伝えられた「吽(うん)」と融合し、鎌倉・室町時代にはウンコと愛称されるようになった。ただし、大便のほうだけをそう呼び、小便のほうは曖昧であった。ちなみに、室町時代において「ウンチ」は教養ある大小便の呼び方で、「ウンコ」はやや教養ある大便の呼び方であったらしい。「ババ」や「クソ」は大衆語としての呼び方であったらしい。

🌑   便(べん)

         1100〜1200年代の中国(南宋北宋の時代)に仏教寺院から発生した言葉で、日本には1500年代に仏寺の中に定着したと言われている。大便・小便という表現は、江戸時代の医官の間から発生したとされる。(p66)

なるほどですねえ。中国文化の影響もあったのですね。「ウンチ」も「ウンコ」もあまり大きな違いはない、ということにしておこう。

 今の中国では、何と言うのだろう?

中国語で「うんこ」の事は何と言いますか?漢字と読みを教えてください。... - Yahoo!知恵袋

 

 

念のため、この『ウンコミュニケーションBOOK』では、人間の健康にとって「腸内細菌」が大きな影響を与えている、ということなどが書かれています。腸の働き具合のチエックとして、ウンコが大きな役割を果たしているのです。「あとがき」にある「3つのウンチ力(つくる力、育てる力、そして出す力)」は、本当に大事だなあ。

おいしく食べることも大事だが、スッキリ出すことも大事だと感じました。

 

参考:辨野義己(べんの よしみ)先生 - 一般社団法人 食と健康推進協会 F&H

 

ウンコミュニケーションBOOK―ウンチは人格だ!

ウンコミュニケーションBOOK―ウンチは人格だ!

 

 

 

日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル 小学1年生

日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル 小学1年生

 

 

新年のあいさつ

「新年明けましておめでとうございます。」

 

この言葉は、私の中では大変不思議な言葉だった。

「新年」と言っても明治時代に西欧に合わせて設定し直したもので、江戸時代、明治初期の暦とは、一ヶ月弱ずれているはず。

(参考      正月 - Wikipedia)

 

なぜ、元旦の朝になると「おめでたい」のか。太陽が東から昇るのは、毎日のことで、元旦だけ西から昇る訳でもない。一体何がめでたいというのか。と、あまのじゃくでへそ曲がりの私は思っていた。

だから、新年のあいさつの時は、なるべく使わないようにしていた。「あけましておめでとう」とあいさつされると「あっ、今年もよろしく」と返していたものだ。

 

しかし、先日「おめでとう」は「予祝」の意味で使われる、という記事を読んで、なるほどですねえと思ってしまった。(諸説あるかもしれないが。)

それが以下の記事です。↓

 「明けましておめでとう」 本来の意味に出演者から驚きの声 - ライブドアニュース

司会の古舘伊知郎が「予祝(よしゅく)という概念を押さえなきゃいけないですね」と語る。予祝とは、あらかじめ祝うことで、実際に良いことが起きるという考え方だという。赤木野々花アナウンサーが、千秋万歳は「万年続きました。おめでとうございます」と過去を祝福して、続く未来まで幸福になるという祝い方だと説明。

 

2019年、皆さまにとって幸多き日々でありますよう、予祝(前祝い)の意味を込めまして、

 

「新年明けましておめでとうございます」

 

とご挨拶させていただきます。

今年もよろしくお願いいたします。

無理しておとなにならなくていい。

「無理しておとなにならなくていい。」(p28)

という小見出しを見たとき、自然体で生きていく一人の人間の声が聞こえたような気がした。

 

この小見出しは、『コドモであり続けるためのスキル』(貴戸理恵 理論社 2006年)の一節です。

関連する部分を引用してみます。

私の周りには、私自身も含めて、「永遠の不登校児」「ひきこもり依存」「フリーター中毒」「ニートおたく」としか、言いようのない人びとが、いる。(中略)

批判的な人たちが、正規雇用の職に就くことなく生きている若者を認めないのは、「ほんらいおとなになるべきなのに、なっていない」からだろう。だけど、「みんながみんな絶対におとなにならなきゃいけない」なんて、いったい誰がいつ決めたんだろう。「適応できない自分はダメだ」という前に、「適応するべきこの社会」とは何なのかを、考えてみることだって必要じゃないかな?今の自分たちが抱えている生きづらさは、単に捨て去るべきものではなく、それを足がかりに物事を見たり、仲間とつながったりできる、大切なものでも、あるんじゃないかな? (中略)

 

そこで取り組まれているのは、不登校、ひきこもり、ニート、フリーターと呼ばれる人びとが、「どうやったらおとなになれるのか」ということではない。「安心してコドモであり続けるためにはどうすればいいのか」ということなのだ。

「おとなになる」ということが、本人にとって辛いことだったり、苦しいことだったりするとき、無理して「おとなになる」他に、「コドモであり続ける」道だって、あっていいと思うんだ ! (p28〜30)

 

 

現実に、身近な「ひきこもり」の家庭を見ていると、両親は高齢化し、ひきこもりの「コドモたち」も10代から20代になりまもなく30代になろうとしている。両親が亡くなったあとはどうしたら良いのだろうか、というのが切実な問題として横たわっている。だからこそ「安心して」「コドモであり続ける」ということが選択肢の一つとして望まれるのであり、そのためにどうすればいいのか?ということが、今問われなければならないのだろう。

 

この本の著者は、小学校時代、「不登校」だった。その経験者の言葉であることは、貴重であり有用だと思う。この本でも取り上げられていたが、精神障害者当事者研究で注目されている「べてるのいえ」や、最近このブログで取り上げた東田直樹さんという自閉症の方の著書なども同じ領域に属するものと思う。

 

私自身も、定年退職してからは「ひきこもり」のような生活で、自分自身の生き方を根本から見直ししている最中だが、その中でこの人たちの気持ちの100分の1くらいは寄り添えるかもしれないと感じている。

 

この本を読むと、今までの多数派である「考え方」「生き方」に対して、「本当にそれでいいの?」と根本的な疑問を突きつけられているような気がする。今まで、前提とされていたものさえ「疑い」、「思考停止」の領域を設けずに、ありのままに物事を観ていく、考えていくことが求められているのではないだろうか。

 

 

【 過去の参考記事】

                  ★  「東田直樹さん」

                  ★  「読書メモ『「存在論的ひきこもり」論』」

 

【↓この本を含む「よりみちパン!セ」シリーズは、現在は「新曜社」から順次出版されている。(  よりみちパン!セ シリーズ)】

 

 

コドモであり続けるためのスキル (よりみちパン!セ)

コドモであり続けるためのスキル (よりみちパン!セ)

 

 

 

夢は夢で終わるのか?それとも・・・。

核兵器はなくせる』(川崎哲 岩波ジュニア新書  2018年)という本を図書館から借りてきた。

(いつも図書館様にはお世話になっていますm(__)m)

 

何でこの本を借りたかというと、あるおじいさんとの話の中で(私もじいさんだから、じいじい対談?)「なぜ日本は、核兵器禁止条約に賛成しないのか?」という話題になったからです。私が言い出したのだが、正直よく分からないこともあったので、勉強のために借りてきた、というわけです。

 

この本の冒頭の文章を読んで「なるほどですねえ」と思ってしまった。その部分を引用させていただく。

「人は自由に空を飛べる」。人類が飛行機を発明する前に、そう言った人がいたら、周囲はどんな反応をしたでしょうか?「そんなことできるわけない」と否定されたり、「おかしなヤツ」と冷笑されたかもしれません。でも、その夢を実現しようとした人が試行錯誤を繰り返した結果、飛行機は完成しました。いまでは、否定したり、冷笑する人は誰もいません。誰かが最初に「人は自由に空を飛べる」と言わなければ、飛行機は誕生していませんでした。それまでの常識とかけ離れたことを実現する陰には、周囲からどんなに笑われてもあきらめずに言い続ける人がいました。

 

核兵器はなくせる」。僕たちは、そう言い続けてきました。もしかしたら、飛行機のない時代に空を飛べると主張するよりも、さらに非現実的な人たちだと思われているかもしれません。批判されたり、冷笑されることもよくあります。でも、僕が関わる「ICAN」というグループは、本気で核兵器をなくそうと行動してきました。(p3〜4)

この人たちの行動力には頭が下がります。

 

それにしても日本(政府)はどうなっているのか?  

世界の歴史上、実際の戦争で原爆を落とされた唯一の国である日本政府は、国内外で表向きは「核廃絶をめざす」と言い続けてきました。しかし裏では逆の態度をとり、日本政府はアメリカが核兵器を減らすことに、ことあるごとに反対してきました。これは大変残念なことです。(p68)

 たしかに、日本政府は毎年「核兵器廃絶国連決議案」を国連に提出しているが、しかし、これは漠然とした内容で単なる宣言のような内容であり、核兵器廃絶への影響力はほとんどないらしい(p130)

日本政府は、日本の脅威となる北朝鮮などの「悪い核兵器」はなくすべきだが、日本を守るためのアメリカの「良い核兵器」はなくさないでほしいと訴えているのです。このような立場は、核軍縮核廃絶にとってプラスにはなりません。広島の被爆者であるサーロー節子さんは、ノーベル平和賞の受章スピーチの中で、日本のような核の傘の下にある国々について「核保有国の共犯者」という言葉で批判しました。(p69)

 日本政府の態度は、不可解です。

 

個人としては、何ができるのか。

 

核兵器はなくせる」という夢は夢のままで終わるのか。それとも実現するのか。

 

 

参考:「核兵器禁止条約」の日本語訳を探してみました。なぜか「仮訳」、「暫定訳」というのがほとんどでしたが。PDFではなく、すぐに見ることができるものを探してみました。

核兵器禁止条約全文 (仮訳) (日本共産党)

 

 

核兵器はなくせる (岩波ジュニア新書)

核兵器はなくせる (岩波ジュニア新書)