ガラガラポン日記

複雑になってしまった問題を、一度ゼロにして、考え直してみる。

神?

イスラムについての本を数冊読んで、「一神教」とは何だろう?という疑問が湧いた。

 

最近、アメリカの映画を観ていたとき、映画の中で、悪い報告を受けた人が「ジーザス」と呟くのを聞いた。またテレビ番組で、驚いたことやあり得ないことを見たアメリカ人が「オーマイゴッド」と言っているのを見たことがある。アメリカは、一神教であるキリスト教を信じる人が多い国である。「神」が日常生活の中に溶け込んでいるようだ。

 

これらの「一神教」は、どのようにして生まれてきたのだろうか?

一神教の代表的なのは、ユダヤ教キリスト教イスラム教であろうか。

先日、図書館から『多神教一神教〜古代地中海世界の宗教ドラマ』(本村凌二  岩波新書 2005年)を借りてきて読んでみたところ、一神教誕生の意外な視点を教えられた。この本では、著者の管見としながらも、一神教誕生をもたらした要因を二つあげている。一つは、「アルファベットの開発と普及という現象」(p177)であり、もう一つは、「危機と抑圧とでもいえる刺激因である」(p178)という。

 

(この考え方に影響を及ぼしたのは、ジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』や、フロイト=岸田秀の仮説などのようである。(p68、p174))

 

要因の一つである「アルファベットの開発と普及」というのは、よくわからない。聖書やコーランを絶対視していることと関係がありそう。「危機と抑圧とでもいえる刺激因」の方は、何となくわかるような気がする。苦しい状況では、英雄を待望する人間の心理がある。それが集まれば、全知全能の「神」を作り出すことも可能なのかもしれない。

 

東田直樹さんの詩集『ありがとうは僕の耳にこだまする』(角川学芸出版 2014年)を借りてきた。そこに「白い壁」という詩が載っていた。宗教と人間を考えているとき、どこか共通するものがあるように感じたので引用させていただく。少し長いです。

その壁がいつからあるのか    誰も知らなかった

だから文句は言わなかった

いくら邪魔でも   誰も何も言わない

白い壁が話題になることはなかった

白い壁のことは   みんなが知っていること

つまらないわけでも   おもしろいわけでもない

白い壁がある風景は   あたりまえ

 

ある日   一人の男が   白い壁に寄りかかった

みんなは驚いた

道行く人は   彼を見た

じろじろと   そしてきょろきょろと

白い壁が見えなくなる

そんなの許せない

いやだ   いやだ

 

彼が立ち去ると   みんなはほっとした

そう   これでいい

また   いつもの日常が始まる

白い壁には   誰も寄りかかってはいけない

みんなで大事にしよう

壊れないように   汚さないように

白い壁がなくならないように

白い壁の周りは   塀で囲まれた

これで安心   もう大丈夫

白い壁は  塀に守られ  誰の目にも触れなくなった

それでもいい   白い壁があればいい

 

みんなは   白い壁をどれだけ愛しているか   必要としているか

毎晩のように語り合った

どんなに話しても   話し足りない

白い壁は  やがて神のようにまつられた

塀の前には   お供え物が置かれ   みんなが手を合わせた

塀は磨かれ   ぴかぴか輝いた

みんなはうっとりした

こんなりっぱな塀は   見たことがない

丈夫で力強く美しい   これこそ僕らの自慢だ

この塀を   もっともっと作ろう

長く長く   高く高く   みんなが幸せになるように

 

こうしていたる所に塀が建った

しばらくすると   どこに白い壁があるのか   誰も思い出せなくなった

白い壁の内側に何があったのか   誰も覚えていなかった  (p58〜61)

 

 

多神教と一神教―古代地中海世界の宗教ドラマ (岩波新書)

多神教と一神教―古代地中海世界の宗教ドラマ (岩波新書)

 

 

 

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

 

 

 

ありがとうは僕の耳にこだまする

ありがとうは僕の耳にこだまする

 

 

 

 

東田直樹さん。

先日、NHKスペシャル自閉症の君が教えてくれたこと』を見ました。(2016年12月放送分の再放送でした。)

 

主人公の東田直樹さんは、自閉症で会話ができないけど、文字盤を使って発信し、しかもその内容が意外なほど的を得ている、というか、今までの自分のイメージを覆すものだったので、大変驚きました。

 

早速図書館で「東田直樹」で検索すると10数冊の本がヒットしました。早速『跳びはねる思考』という本を借りてきて読んでみました。(この本の文庫本も出てるようです。)

 

逆転の発想というか、私には思いつかない「思考」がまさしく「跳びはねて」いました。

例えば、

僕は、上手に挨拶ができません。言葉をうまく話せないためです。(中略)

僕には、人が見えていないのです。

人も風景の一部となって、僕の目に飛び込んでくるからです。山も木も建物も鳥も、全てのものが一斉に、僕に話しかけてくる感じなのです。それら全てを相手にすることは、もちろんできませんから、その時、一番関心のあるものに心を動かされます。(p28〜29)

 

私も「あいさつ」が苦手です。「人が風景の一部」となる経験はないですが、でも苦手です。

 

人は生きていく中で、さまざまな困難に遭遇します。それを「必然」と受け止めるか、「偶然」と受け止めるかによって、人生観が変わってくるかもしれません 。

必然と偶然は、まるで正反対のような感じですが、実はとても近い考え方ではないかと思います。

なぜなら、両方とも物事が起きてから、どうしてそうなったかの理由をあとづけするものだからです。その結果、自分にはどうしょうもなかったのだ、という答えを導き出そうとします。(中略)

 

生きるための理由に満足できれば、それでいいと思います。

必然も偶然もどちらも、人の力ではどうにもならないことですが、自分のとらえ方次第によっては、良いほうに考え直すことができるのではないでしょうか。

だから必然も偶然も友達のように近い存在なのです。(p188〜190)

これには本当にビックリしました。「必然と偶然も友達のように近い存在」なんて思いもしませんでした。

 

この本の最後の文章のタイトルは「別れと始まり」です。

もう二度と会えないような相手と、別れを惜しんだり、涙したりするのは、誰にでもあるでしょう。(中略)

 

人は、生まれてから死ぬまで、長い時を生きなければなりません。それは寿命という神様からいただいた時間です。(中略)

 

別れを経験することで、時間をリセットしているのではないでしょうか。

別れる人との時間が途切れれば、自分の時間のひとつがゼロになります。これは、停止ではなく、ある地点からの再スタートするためのリセットで、新たな人生の始まりだと思います。

 

別れのあと、すぐに笑顔になってもいいのです。泣いてばかりいたら、その人との最後の記憶が、悲しみでいっぱいになってしまいます。

もちろん、巡り会えた幸運を忘れてはいけません。思い出の中に、自分以外の人がいる幸せを、僕はいつもかみしめています。

次々と訪れる別れを怖がらずに、最後の一日まで、僕は人生をまっすぐに生きていきたいのです。(p204〜207)

 東田直樹さんは、1992年生まれですから、今年で26歳か。年齢は若いけど、この「別れと始まり」の文章には本当に驚かされたし、そういう「別れ」でありたいと思わせる何かがある。

 

自分とは違った何かに「気づかされる」ことほど楽しいことはない。

 

 

跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること

跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること

 

 

 

 

無我→無心?

初期仏教で説かれる基本的な用語に、「諸行無常」「一切皆苦」「諸法無我」「縁起」などがある。

その中でも「無我」というのは、特にわかりずらい。   

 

山折哲雄氏は著書『(山折哲雄セレクション〜生きる作法 Ⅰ )無常の風に吹かれて』(小学舘)で以下のように述べている。

周知のように、「無我」の思想を説いたのは、インドの仏教でした。自我の存在を真実ならざるものとして否定したのです。

 

ところが、このようなインドの無我の仏教も、わが国に伝えられると、大きく軌道修正を迫られることとなりました。なぜなら、日本人の現世志向的な特徴が、「無我」というような極度に形而上学的な観念を、受けつけなかったからなのです。 (p286)

 私も日本人だから?  「無我」という「極度に形而上学的な観念」は、確かにわかりずらい。

 

氏は、続けて以下のように述べている。

むしろそうした「無我」にかわって登場してきたのが、清らかな精神状態を追求する「無心」「無私」の考え方でした。観念のレベルでは「無我」を説きつつも、日常的な意識や感覚のレベルでは、心にわだかまりのない「無心」の状態が探求され、それが信仰心や宗教心の基礎をつくるものと考えられるようになったのです。(p286)

 このあたりは正直よく分からない。氏の持論のようである。

 

私が注目したのは、この文章の後に書かれていた文章である。

古くから日本の神道では、「清き明(あか)き心」ということが説かれていましたが、それが仏教の「心浄ければ一切は浄い」という思想と共鳴して、日本人の宗教感覚の下地をつくっていったのだと私は思います。「自我」の独立をめざすよりも、「心」の昇華や浄化をよりいっそい重視するようになったのです。

(中略)

このようにして清らかな心は、神や仏に近づくための、そして「死」そのものに近づくための、一種の無私の精神状態をあらわすものとなりました。そしてそれが同時に、人間として成熟することを意味したのです。仏教でいう「成仏」の思想が、人間的な「成熟」の観念と結びついていたのだといってよいでしょう。(p286〜287)(太字は管理者による。)

 氏の長年の思索と様々な経験に基づいての見解と思われる。一つの見方として大変興味深い。

 

「成仏」や「仏」を具現化したものの一つが、「仏像」だと思う。多くの仏像は、「慈愛に満ちた」という言葉で表されるような柔和な表情をされている。(不動明王像など、恐い顔の仏像もあるが。)人々は、そこに理想化した「仏」を見ていたのだろうか。

 

わたしは、「仏のような人」といえば、人格円満な好好爺をイメージする。しかし、一部で「仏」のように尊敬されている日蓮の生涯を見ると、宗教的熱情のあまり、幕府に強く自身の主張を述べたり、他宗を強く非難したり、結構過激な行動が見られる。イメージとしては「烈火・炎」であろうか。弟子の中からも「日蓮御坊は師匠にてはおはせども余りにこはし我等はやはらかに法華経を弘むべし」(佐渡御書 創価学会版 p961)という声があがるほどであった。そこに見られるのは、人格円満な柔らかいイメージの「仏」というより、普通のちょっとやんちゃな、人間的「日蓮」である。

 

仏教は、古代インドで生まれ、チベット、中国、などを経て日本に伝わった。地域や時代によって微妙に変化しているようである。

 

 

 

山折哲雄セレクション 「生きる作法」 1 無常の風に吹かれて

山折哲雄セレクション 「生きる作法」 1 無常の風に吹かれて

 

 

 

「人生を質入れしない」

いつも拝見しているブログで『人は死ぬから生きられる』という本が紹介されていた。しばらくして図書館で借りることができた。読んでみて、実に興味深かった。

 

科学者である茂木健一郎さんと僧侶である南直哉さんの対談。

 

茂木:霊魂や死後の世界があるかどうかということは、日々一瞬一瞬の喜怒哀楽の間尺と全然違っていて、それがどっちに転んだとしても日々の苦しみとか切なさとかは救われないというか、それで救われると思っちゃうことによって、逆に生きることの充実感から外れていっちゃうのかもしれないですね。

 

南:そのとおり。一番まずいのは、イデオロギーとか宗教が生を空虚にする場合があること。信じれば救われるというように、いわば生きることを質入しちゃう。

 

茂木:生きることを質にいれとけば、とりあえずは安心だから。

 

南:そう。質入された相手は、いつでも受け出せますからみたいなことを言うんだけど、決してそうはならない。(p161)

 

「人生を質入れする」という意味がよく分からなかったので、ネットで検索したところ、下記の記事を見つけた。

 記事:「Logues 茂木健一郎講義:「他人と接して生きる実感を得る」(書き起こし)」

 

上の記事によると「質入する」(南直哉)ということは、「自分の人生を何らかの目的で規定すること」(南直哉)らしい。そして「生きるということは或る特定の目的には回収され得ないことなんだということを徹底的に追求した人がブッダなんだ」(南直哉)という。

 

まだよく分からないけど・・・。

イデオロギーとか宗教が生を空虚にする場合がある」という部分とつながるのかな?

 

「信じれば救われる」というのは、たしかに性に合わないけど、「自分の人生を何らかの目的で規定すること」は多分にありうることかな。

その辺りを注意しなければ⚠

 

 

 

 

人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 (新潮新書)

人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 (新潮新書)

 

 

 

お金と宗教団体

わたしは、在家宗教団体に寄付(供養)をする、ということに疑問を抱いている。初詣などで小銭を投げ入れる程度なら、しょうがないかな、と思うけど。

大きな在家宗教団体になると、普段でも本や雑誌、機関誌などを購入し、毎月小さな金額でも継続することによって少なくない金額を教団に支出していることになる。それらとは別に、ある在家宗教団体では、年に1回、「財務」と称して寄付(供養)を呼び掛けている。生活に余裕のある人だけならまだしも、そうでない人も強制ではないが自主的に寄付(供養)しているようである。身近にそのような例を見ているのでなお一層疑問が湧いている。

 

たまたま『初期仏教〜ブッダの思想をたどる』(馬場紀寿 岩波新書 2018年)を読んでいたところ、古代インドで、宗教団体への贈与という記載があり興味深く拝見した。(ちなみに、この書物の本来の趣旨は、副題にもある通り、ブッダの思想をたどる、ということですので念のため。)

 

在家信者に対する五戒、八斎戒の説明のあとに

贈与とともに、他者への倫理と定期的な禁欲が、天界に再生する道であるというのが、未信者に対する第一段階の教えである。仏教以前から存在していた生天信仰を、祭式から切り離し、贈与と良い習慣をその条件とすることによって「倫理化」しているのである。(p117)

 

また別のところでは、紀元前一世紀頃からの、交易によって栄えた商人とそれまで遊行生活を送っていた仏教の出家教団との関係が述べられている。

 

紀元前一世紀頃になると「ヒッパロスの風」と呼ばれた季節風の発見により、インド西岸部とローマとを結ぶ海上交易が隆盛した。そして、象牙、香料、宝石などの貴重品を求めるローマ帝国との交易によって莫大な富を得た商人階級の台頭を背景として、仏教の出家教団は変容していった。

西岸部にあった交易港とガンジス川流域とを結ぶ通商路には、名高いアジャスター、カンヘーリー、ナーシクなどの石窟寺院が建てられた。これら石窟寺院への寄付者として、さまざまな商人や金融業者の名が碑文に刻まれている。

また、ちょうどこの時期のサータヴァーハナ朝の碑文からは、職人組合に預けられた資金の利子や農地といった定期的な収入源を、出家教団が所有していたことが知られる。こうして定期収入が生じるようになると、個々の出家教団はなんらかの形で恒常的な経営が行われる組織へと変貌する。もともと遊行生活をする出家者のための集いだった出家教団は、資産を運用する組織へと変わっていったのである。荘園を管理し、金融業を営み、建築物を維持しながら永続的に暮らせるよう運営される出家教団が増え始めた。

 

そのような恒久財源にもとづく「僧院」は遅くとも紀元前一世紀に成立し、時代が下がるにつれて、その数を増していった。一年を通じて千人規模の出家者が生活できる大僧院がしだいに現れ、ナーランダ僧院やヴィクラマシーラ僧院といった有名な学問寺が成立していくこととなる。(p47〜48)

 

 出家者が仏教の研鑽に専念できたという点では、多くの点で評価できると思う。

一方で、資産を持つ大きな集団は、自然と現実の経済の仕組みのなかに取り込まれていくようだ。

 

2000年経った現代ではどうだろうか。様々な方法で収入を得ている教団は、「資産を運用する組織」へと変わっているようだ。ましてや、寄付(供養)によってご利益がある、という人がいたらそれは「生天信仰」の復活だ。

いずれにしても人の行動というものは、昔も今も変わらないんだなあ、と思う。

 

 

 

初期仏教――ブッダの思想をたどる (岩波新書)

初期仏教――ブッダの思想をたどる (岩波新書)

 

 

 

「祈る」

祈る」という行動は、多くの人間にとって、素朴な気持ちの表れのようだ。私も小学生の頃、創価学会に入信してからは、「祈る」ということが日常茶飯事だった。しかし、ここ数年は、否定的である。だからといって、他の人々の「祈る」という行為を積極的に否定はしない。

 

「祈る」人たちの気持ちは分からないでもないが、たぶん効果は期待できないだろうなあ、と思う。もし、何らかの成果があったとしても、それは偶然そうなったというしかない。だからといって、「祈る」ということを頭から否定しても反発を食らうことだろう。私自身の経験から推測すると、その人たちにとっては、「祈る」ということで心の安定が得られることが大事なのだろう。

 

私は、長年、「祈る」ことが宗教であり仏教であると思っていた。そのために数多くの題目を唱えた。しかし、数年前に会社を早期定年退職したことをきっかけに仏教を学び直してみると、「祈る」というのは仏教の一部分であり本筋ではないことを思い知らされた。

 

私の尊敬する人は、

(仏教を)神仏による救済という後世付け加わった潤色を取り除く観点で考え直したい。(遺稿集(非売品) p191)

 

呪術と仏教を明確に切り離し、たて分けていく必要があると思います。(同上 p125) 

と述べている。

(この引用文の前後の文章には、仏教を人間学としてとらえようとされた氏の考え方などが書かれているが、今回は省略させていただく。)

 

「祈る」という行為には、ある程度、「ご利益」という言葉がついてくるようだ。この「ご利益」部分を担当するのは、「仏教以外」のもので十分ではないだろうか。最近はそう思うようになっている。(ちなみに、今の創価学会員の「祈り」から、「ご利益」を期待する部分を差し引くと、どのくらいそれ以外で残るだろうか?興味深い。)個人的には、「自然」を対象にして祈るのがいいかなと思っている。太陽や月や星、あるいは雄大・秀麗な山や広大な海や大きな川など。人工物はちょっと遠慮したい。

 

では、「仏教」とは何?と聞かれそうである。

正直まだ暗中模索である。今のところ、初期仏教の「諸行無常一切皆苦諸法無我」そして「縁起」などが頭をよぎるがなかなかまとまらない。

「生・老・病・死」にどう向き合うか。

現実の世界はいつ何が起きるかわからない。

「目覚めた人」と言われたブッダは、何に目覚めたのか?

 

 

 

ブッダ(たち)の呼び名

 

 

ブッダは、初期仏教では「目ざめたひと(ブッダ)」という尊称で表記されることが多いのだが、他の表現はあるのだろうか?

 

ブッダのことば〜スッタニパータ』(中村元 訳  岩波文庫)を読んでみた。

いくつかありました。

 

「眼ある人」

「知慧のすぐれた人」

「邪悪を払い除いた人」

「太陽の裔(すえ)である偉大な仙人」

「ことば美(うる)わしき師」

「師」など。

 

ちなみに、大乗仏教(北伝仏教)の「法華経」ではどうだろう?

『梵漢和対照・現代語訳   法華経  上』(植木雅俊訳  岩波書店  2008年)を引っ張り出して、第1章(序品)と第2章(方便品)の途中までを見てみました。

いろいろな表現がありますね。

 

獅子(ライオン)のように最も勝れた人間の王であるブッダたち( p17) (漢訳:諸仏、聖主獅子)

人間の指導者〔であるブッダ〕(p15)  (漢訳:導師)

世間の指導者〔であるブッダたち〕(p21)

勝利者の王の中の王〔であるブッダ〕(p21)  (漢訳:諸法の王)

勝利者の王〔であるブッダ〕(p21)

牡牛のように勝れた人〔であるブッダたち〕(p25)

月と太陽からなる燈明”(日月燈明)という名前の勝利者〔であるブッダ〕(p43)

生きとし生けるものの指導者〔であるブッダ〕(p43)

世間の保護者〔であるブッダ〕(p43)

勝利者である偉大なる聖仙〔であるブッダたち〕(p49)

人間の王の中の王〔であるブッダ〕(p49)  (漢訳:聖主法の王)

太陽のように輝かしい人〔であるブッダ〕(p87)  (漢訳:慧日大聖尊)

最も優れた太鼓の音を持つもの〔であるブッダ〕(p89)

人間の中で最高の人〔であるブッダ〕(p89)  (漢訳:諸仏世尊)

 漢訳の方は、「仏」「世尊」と訳されることが多いような気がする。様々な形容詞があっても省略されていることが多いように感じた。

 

法華経 上』の中で個人的に注目した部分があった。

その時、その情況で“月と太陽からなる燈明(日月燈明)”という名前の正しく完全に覚られた如来で、尊敬されるべき人(阿羅漢)で、学識と行ないを完成された人(明行足)で、人格を完成された人(善逝)で、世間をよく知る人(世間解)で、人間として最高の人(無上士)で、調練されるべき人の御者(調御丈夫)で、神々と人間の教師(天人師)で、目覚めた人(仏陀)で、世に尊敬されるべき人(世尊)が、この世に出現された。(p31)(太字は管理者による。)

 これは、仏の十号と言われているようだ。

 

この中の「善逝(ぜんぜい)」に注目した。

Wikipediaでは↓

善逝(ぜんぜい、sugata)- 智慧によって迷妄を断じ世間を出た者。好去、妙住ともいう。善く因より果に逝きて還らぬという意味で、無量の智慧で諸の煩悩を断尽し世間を脱出した者をいう。

植木雅俊氏は、「人格を完成された人(善逝)」 と訳されている。

 

 

 

 初期仏教であれば、ブッダは「尊敬される人」程度だったのが、法華経では、更にレベルアップして「理想化」「神格化」しているような気がする。

 

 

 

 

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

 

 

 

 

法華経 上―梵漢和対照・現代語訳

法華経 上―梵漢和対照・現代語訳